Dreadnoughtもだめかもしれない話

Dreadnoughtは現バージョンが1の前半という状況で、2.0になるまでopen化せずに待つつもりらしいが、本当にそのつもりなら高確率でゲームは死ぬだろう。

まずPVPしかないゲームなので、他のプレイヤーの存在が不可欠。
そしてopen化しないということはポジティブに新規の参入を促さないということを意味している。
今現在でもマッチングに時間がかかるか、Platoonの人数次第ではそもそもマッチングしない、ランクカンストと0戦初心者が同席するような状況なのに、これ以上人の流入を止め続けてそれまでゲームが生存し続ける見込み、自信、期待、そういったものがどこから湧いてくるのか俺にはさーっぱりわからない。

Dreadnoughtはそれ自体はいい出来のゲームだ。将来性もあるだろう。
だが、いい出来のゲームを作れば人が人が来る(そして残る)という時代は終わった
ゲームの出来がいいことは、人が来て残るための条件の一つに過ぎない。
そして人が来て残らなければ、ゲームそれ自体が生き残ることが出来ない。

そして一度死んだゲームに再起の機会が与えられることは殆ど無い。

Dreadnoughtの場合はとてもわかりやすく、限定CBTを続けてそもそも人が入れないようにしているわけで、俗にいう真綿で自分の首を締めているってやつだ。
期待に満ちまくっていて人が溢れて人数過多による問題が起きうる場合は制限を続けることも理解はできるが、この開発は自滅の道を進んでいる。

今まさにこれが進んでる。
AWやWoTに比べれば5vs5なので必要人数のハードルが低い点は救いだが、それにしたって無理がある。
過疎はつまらないを呼び、つまらないは過疎を呼ぶ。
この負の階段を順調に昇っているように見える。

簡単なところでいえば、初心者がランクカンストに同席し、倒され続けて楽しめるわけがない。せっかくオカネを払ってでもプレイしにきた新規はきっと定着しない。
定着を目的に楽しませる視点も仕組みもないのだから当然だ。

AWもDreadnoughtも、どちらを見ていても全く釈然としない。
ここまで明確でクリティカルな問題があるのになんの対応もなされないのがとんでもなく不思議でならない。

いいゲームを創る、それは素晴らしいこと。
でも、自分達が熱心に創った素晴らしいゲームが簡単に終わってしまったら、それは間違いなく悲劇であり人災だと思うのだが、開発という職人的な人間から見ればそういった未来を予測し回避しようという対応は二の次なのだろうか。成功している会社ってのは、たとえばWGだって細かい部分でいえばクソオブクソだったりするが、大きな視点でいうとここの舵取りが巧いのかもしれない。
商売にならなかったら続けることなんてできないのだから。

Dreadnoughtもだめかもしれない話」への2件のフィードバック

  1. これは朗報なんですが、その通りなら2.0後OBTまで間があんまないしなんで一緒にしねえの?って思ってしまいますなw

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中